ものQ日記

アラサーフリーター女の冴えない日々。

子供の頃から太っている私が感じること。

私は太っている。

BMIで言うと、26~27くらい。

世間的には紛うことなきデブ、ふくよかな女性を好む人からすると物足りない、という誰からも愛されない感じの空虚なデブである。

小学校高学年に差し掛かる頃にぽっちゃりと太り始め、二十歳を越えたところで完全なるデブ化していった。

ちなみに、顔も悪い方なので普通にデブスである。

スクールカーストでは最下層どころか、存在が軽んじられすぎてどこにも属せていなかった気がする。
何の魅力もないデブスの存在価値や存在感なんてそんなものなのだろう。

そんなことは置いておいて。

太っていると、とにかく人からものすごくバカにされる。

笑われるし貶されるし、ネタにされる。
性的な目で見られないとか、同性として同等に扱う気にならないとか、人として相手にする価値がないとか色々と勝手なことを思う人が多いらしい。

「デブをバカにしていい」というのは市民権を得ている価値観なので仕方のないことだと思う。
太っていると嫌な思いをすることが少なくない。
「痩せないデブが悪い」というのが現状の社会の見解なのだから傷付けられても仕方がないということになる。

「いじめられる方にも原因がある」っていうやつである。
(いじめている側が無自覚で正義感があればあるほど、根深く悪質ないじめになると私は考えている。)

傷付く人がいる限り、いじめは無くならないし、無くす必要もない。
しかし、それは傷付いた人に傷を癒せるだけの自尊心や愛情がないと成立しないと思う。

学生時代までは顔立ちや体型の悪さを「指摘されること」に非常に悩んで、そこそこ心を病んだ。
学校を卒業して、自分の考えを整理したら、「そんなことに口出ししてくる方がアホだ」という当たり前のことに気付いてどうにか正気を取り戻したが。

今の職場でもことあるごとに、私の体型や容姿をバカにしてくる人がいる。(それも、いつも決まった人だ。)
相手からしたらそれは「当然」のことであり、「仲が良いから許される」と思っているからこその言動なのだろう。

しかし、私はそんなことを言われるほど仲良くなったつもりはないし、仲良くなってもそんなことを言われる筋合いはない。
上司だから言っていいわけがないし、同僚だから許されるわけでもない。

男性に言われることが多いが、女性に言われることもあった。
いずれにせよ、「スタイル抜群で頭も性格も良く、誰もが惚れるような美男美女」みたいな人物には言われたことがないので、たぶん、そういうことなのだと思う。

「デブは努力で改善できるから、指摘してバカにしてもいい」というのが彼らの理屈らしい。

しかし、それなら肌荒れや髪の毛のくせっ毛、頭の悪さや性格の悪さ、話のつまらなさや下品さ、背の低さ等も指摘して良いのだろうか?
それらは大なり小なり努力すれば直せることである。
(身長だって、今どき、大掛かりな整形すればいくらかは伸ばせるらしい。)

太っていることを指摘してくる人で、パリコレモデルのようにスタイル抜群の人やアスリートのような整った体型の人はいなかった。

ただ、「太っていない」だけの人ばかり。

彼ら、彼女らの言う「努力」とは何なのだろう。
「太らない努力」のことなのだろうか。

そういう「努力」をしているからといって、「太らないために食べないようにして、溜まったイライラをデブにぶつける」ことが正当化される理由が私にはよく分からない。

食べられないイライラで八つ当たりしたり他人をバカにしたりしたくない。
良い人ぶっているわけではない。自覚があるなら、そういうみっともないことはしたくないだけだ。

何となく感じていることとして、
デブを指摘して嘲笑う人は、実は向上心が無くて、努力の嫌いな人が多い。

自分の現状より劣っているように見える「デブ」を見つけて貶めることによって、「努力しないための工夫」をしている。

「ボディメイクをする」という努力の方向性だってあるのに、それはやらないのである。

「デブは甘え」とか言いつつ自分も甘えているのである。
マッチョからしたら「ただの痩せは甘え」となるであろう。
ダイエット以上に筋肉の道のりは厳しいからそこに踏み出す勇気や興味は無いわけである。

他人に対して「痩せろ」とか「甘えるなデブ」とか言う人は、狂っている。
他人に努力を強いて、平気な顔をする人は病んでいるか心がないかのどちらかである。

相手に何かを求めるなら、自分も同じだけ何かを与えたり共有したりするのが礼儀なのである。
そんな当たり前のことすら、学ばずに生きてこれてしまうのが世間の現状なのである。

他人をバカにしたり見下したりする必要はないし、過剰に努力をする必要もない。
でも、愚かな人は他人をバカにしないと自尊心を保つことができない。
そういう弱さが、ないない尽くしの社会的弱者を追い詰めて、凶悪事件を引き起こしている。

「罪の可能性を疑わない普通の人々」は恐ろしい。
彼らは「善良な市民」として、心から振る舞いつつ、静かに弱者を潰してしまう。

「みんなが言ってるから大丈夫」
「みんなやってるから間違ってない」
「みんなと一緒じゃないとバカにされる」

この洗脳と強迫観念は恐ろしい。


夏になったので、例年通り、ぼちぼちダイエットをしている。

デブなのは変わり無いが一応、「BMI30までいかないように努力」はしていたりするわけである。

それが今の私の限界である。

無理矢理食べる量を減らして体調を崩したりメンタルを病んだり、無理矢理運動をして関節や筋を痛めたりしたくない。

私はやれることをやるだけである。

こんな私に「じゃあ、痩せるために何やってるの?」とわざわざ聞いて、アドバイスしようとする人は完全に狂っていると感じる。

デブに向かって嫌な笑みを浮かべながらダイエットのアドバイスを偉そうにしてくる無責任な人物は無視するに限る。

「そんな悪意のある言い方しなくてもいいじゃないか!ひねくれ者め!だからデブなんだよ!」という叫びが聞こえる。

「そういう」人のアドバイスは要らないのである。
永遠に理解されない虚しさはあるが受け入れることにする。

愚痴っぽくなりすぎたので今日はここまで。

読んでくださって、ありがとう。

では、また。