ものQ日記

アラサーフリーター女の冴えない日々。

たぶん、軽い躁鬱。

「とても幸せ」と屈託なく言えるような愛に満ち溢れた人生を送ってこなかった人というのは、往々にして情緒不安定の傾向にあるという私の偏見がある。

私もその一人だから、そう思う。

「決めつけるな」と言う人がいるだろうが、私はそう思っているだけなので流してほしい。
「家庭環境が悪くても成功している人はいる」という話もあるが、それはたまたま上手くいっただけのこと。
おそらく、その他で無数の屍があるであろうことを忘れてはいけない。

私は基本的にいつも「早く○にたい」と思っているし、「生まれてきて良かった」と思ったことはあまりない。
「(死なずに、とりあえず)生きていて良かった」と思う程度のことは、数回あったような無かったような気もする。
おいしいものを食べたときとか、眠るときとか。その程度だ。

とにかく、いつも私の頭の中は暗い気持ちで満たされていて、どんなに笑っていても次の瞬間には心が冷えきっている。
それが私にとっての普通だし、「そういうもの」だと思っている。

たぶん、多くの人にとっては違うのだろう。

仮に「普通」の人が私と同じ気持ちで生きることになったら割と大変だと思う。何も楽しくないのだから。
そんなことは無理なので「分かってくれ!」とは言わない。

ここまで言っておいて何だが、私はメンタル系のクリニックには行ったことがない。
一度、スクールカウンセラーを利用したがあまりにもカウンセラーとの会話が噛み合わなくてトラウマになった。

そもそも、私には重大な症状があるわけでない。
ただ物心ついた頃から「何となく憂鬱」な気分が続いているだけ、である。
もうこれはただの癖であって、治療とかそういうものではないし、治療を始めたら、それはそれで私の心は「○ぬ」だろう。

そんな風に生きていたら、昨年、急に気が晴れて、割と元気になった。
人付き合いも良好になり、仕事も前までの自分なら挑戦しなかったものに変えた。
割と順調で、失敗したり嫌なことがあったりしても大して落ち込むこともなかった。

「ああ、やっと楽しくなってくるのかもしれない」
そう思った矢先、その好調が、今年に入って、突然終わった。

今考えると、ちょうど1年くらいだった。

おそらく、軽い躁状態であったのだろう。

いつもの軽い鬱状態に戻った瞬間は、頭の中のスイッチが「カチッ」と切り替わるのを確かに感じた。

「躁っぽいそれ」は本当に軽いものだったので何か逸脱した行為があったわけではない。
しかし、あれが本来の自分ではないことに気付かされたことはかなりショックである。

「鬱になると好きなものに興味が無くなる」とはよく言うが、私のようなものすごく軽い状態だと単純に「好みが変わる」のを実感した。

好きなタレントやテレビ番組、映画、話題のジャンルがかなり変わった。

病名が付かないごくごく軽い気分障害で悩んでいる方は同じような実感を持った人がいるのではないかと思う。

またゆっくり時間をかけて、この自分に付きまとう「憂鬱」に向き合って、付き合っていくことにする。

ここまで読んでくださった方、ありがとう。

では、また。